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巻頭エッセー

 

「山本五十六と日本の宿痾(しゅくあ)

本紙編集スタッフ 篠原 寿一

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映画のポスター
映画のポスター
映画「聯合艦隊司令長官山本五十六    太平洋戦争70年目の真実    」が今評判になっています。太平洋戦争というタイトルからして何か、大東亜戦争を貶めるような映画ではないかと懸念しましたが、まずまずの出来栄えの映画でした。大東亜戦争は一方的な日本の侵略戦争だった、と脳に刷り込まれている人達には是非見てもらいたい映画と思います。

山本五十六についての評価は人によって分かれるところです。代表的な見方として、山本が真珠湾攻撃を決断したのは、海軍の多数派の意見に押されて自らの意思に反して、米国人の士気喪失を狙って戦争を仕掛けた。短期間のうちに終戦に持ち込むことを目指した、とするものと米国は戦意喪失どころか逆上して、猛然と反撃してくることを正確に予測していた。また、その戦争をどう終結させるか、戦争後をどう対処するかまでは何も考えていなかった、というものです。このどちらの見方をとるかによるだけでも評価は大きく分れます。

この映画は、早期終戦による講和を目指しながら米国の予想外の迅速な反撃にあって多くの将兵を死なせ、その責任をとるように周囲の反対を押し切って戦地激励に赴き、志半ばで命を落とすというストーリーで描かれています。

日本海軍の真珠湾攻撃は、敵の戦意喪失を招くどころか、リメンバー・パールハーバーの合言葉と共に一気に戦意高揚につながり、厭戦気分の高かった米国人の愛国心に火が付き、若者は続々と志願兵として参戦する結果になりました。

映画のポスター
昭和18年6月5日 日比谷公園で国葬が行われた
大本営の赫赫(かくかく)たる戦果の発表とは裏腹に、実際の戦果といえば米空母の撃沈はゼロ、戦艦の撃沈は最終的には2隻だったことを知れば、山本の葬儀を国葬にするに値したかどうか、私は疑わしく思っています。また、ミッドウェー海戦やガダルカナル島攻略の大損害の責任を問われなかったことも納得していません。

しかし、だからといって、中川八洋筑波大学名誉教授のように、これらの作戦の失敗ゆえに山本は海軍刑法上の「犯罪」が複数存在し、死刑に相当する、と断じる気にはなれません。

三国同盟や米国との戦争に反対していた彼を戦争に駆り立てた根源には、日本国固有の隠蔽体質、セクショナリズム(海軍と陸軍の対立)体質、無責任体質があって、大局的視点から日本国の戦略を描いけない、纏められない、あるいは、決められない日本の宿痾*が関係しているように思えます。

世界の動向や米国の強さを充分に認識し、戦線拡大には強く反対するだけの見識を持ちながら最後は海軍多数派意見や世論に押し流されて「初めの半年か1年は随分と暴れて御覧に入れる」と言い、真珠湾の奇襲へと変節したのは彼もまた、日本人の宿痾に捕らわれていたからだ、と考えます。もし彼が、この宿痾に捕らわれずに戦争の結末、日本の敗戦とその後に続く悲惨な生活を見通せていたら、彼は野に下って批判を強めていただろうと思うのです。

今般の原発事故に際してもこの日本人の宿痾ともいうべき無責任さが目立ちます。それは、これまでは原子力発電の恩恵を十分に受けながら一旦原発事故が発生すると直ちに原発反対、脱原発という声が盛り上がることにも現れています。今原発を止めたら日本の電力事情はどうなるか、日本の製造業はどうなるか、環境は、景気は、雇用は、などのことは考えない。そして、代替案も出さずに、安易な脱原発 が主張されるのです。

これは70年前と同じです。米国により日本は次々と経済封鎖、海外資産凍結などで窮地に追いやられ、そのままでは真綿で首を絞められるように座して死を待つしかない状況に追い込まれた時、多くの国民は(今と同じようにマスコミに煽られて)戦争しかないという思いに駆られていました。そういう状況での真珠湾攻撃とその戦果に多くの日本人は酔い、何かホッとした気分になった、暗雲が晴れたような気分になった、と書き残しています。

しかし、敗戦後は、当時は自由にものが言えなかった、本当は戦争には反対だった、などと訳知り顔で言い訳する人が大勢いますが、実際にはそうではなく、ほとんどの日本人は戦争に勝つために本気で連合軍と戦っていたのです。

要するに大衆は、その時々に応じて、自分の考えなどないのに、世間の空気に溶け込んでその空気を煽り、結果が出ればその結果に合せて自分を正当化する、という特質を持っています。山本五十六という人物もまた、結局はこのような平均的日本人の持つ宿痾によって、その空気の流れに身をまかせ、先のことまでは深く考えなかった一人だった、と思います。

更にいえば、現場を知らない政治家や官僚が計画を立て、現場はそれに振り回されると言う体質も70年前と何も変わっていないように思います。今般の福島原発事故の対応も、現場を知らない菅総理(当時)が怒鳴り散らし、現場を無用な混乱に駆り立てた事実が明らかになってきました。

このことはしっかり検証し、公表し、当事者にはそれに見合った責任を取らせること、また、この事実を教訓として今後に生かすこと。これらの作業をしない限り、日本はいつになってもこの宿痾ともいうべき隠蔽体質、セクショナリズム体質、無責任体質、場当たり体質から抜け出ることは出来ず、もれからも同じ誤りを繰り返すことになるだろうと思います。

*宿痾 ( しゅくあ ) :長い間治らない病気。持病。

(画像はネットより転載)

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